礼服と裸体に就いて

だがユニフォームには又別に一つの秘密があることを忘れてはならぬ。余りに見すぼらしいユニフォームは着用者の道徳的自信を損う。他の民衆からの畏敬を損ずることも勿論だ。だから例えば警察官の修養向上のためにも民衆支配力の増大のためにも、警官の制服を或る程度まで立派にすることが必要だ(最近日本ではそうなった)。処がユニフォームは又あまり立派過ぎてはいけないのである。飛び切りに立派では之を支配する人間のユニフォームの方が成立しなくなるだろうし、又あまり分に過ぎた制服は彼等の社会的野心を不当に煽動するだろう。大衆的ユニフォームは、或る程度に醜く造られねばならぬ。丁度資本主義社会に於ては適度の貧困が常に必要なように。

 礼服と裸体に就いて[#「礼服と裸体に就いて」に傍点]――「裸体文化」(ナックテ・クルトゥア)には原始還元主義が勝っているように思う。現代文明の弊は、裸の代りに着物を着ているということにはなくて、その着物が身体にとって不衛生な性質を有っているということだ。身体にとって不合理な衣服が身体の正常な発育を妨げている。大体同じであるだろう身体に、いくつもの階級的に異った着物を着けなければならぬというのが、現代文明の衣裳のよくない処だ。衣裳が悪いのではなくて区別を強制された衣裳が悪いのである。――而も同じ同一人が、時々異った衣裳をつけることを強制されることもあるのだ。礼服はその著しい場合だろう。冠婚葬祭から始めて、会談食事に至るまで礼装が要る。之がイギリス・ゼントルマン風の偽善[#「偽善」に傍点]というものだ。勿論儀式は人間を音無しくする。それは社会秩序の安寧に対する感謝の黙祷なのだが、処が現代はこの儀式が段々取り行ない難くなる。ドイツの小市民インテリゲンチャの決闘には依然として儀式があるが。―― 礼服が段々役に立たなくなる。又事実吾々は礼服を造っておくことは経済的に仲々出来にくいのである。――かくて問題は衣服[#「衣服」に傍点]の階級性[#「階級性」に傍点]に帰着するのである。[#改頁]

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