啓蒙と呼ばれるべきもの

 いつの場合でもそうあるべきだったのだが、特に今日、啓蒙と呼ばれるべきものは、ただの知識の普及[#「知識の普及」に傍点]ということであってはならない。政治的見識[#「政治的見識」に傍点]の大衆的普及ということでなくてはならぬのである。単にアカデミックな知識を一般の素人にも分譲するということなら、夫は...

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政治変革的な本質

 啓蒙の観念から政治変革的な本質を抜き去ったことは、如何にも十七八世紀ドイツ観念哲学に相応わしい所作であり、プロシア的観点からすれば必要な所作であり、それ故に世界の進歩史から見れば必然的に誤謬だったわけだ。併し、この誤謬も火のない処に立った煙のような意味に於ける嘘や作りごとではないことを、注意しなけ...

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人間悟性への信頼

 人間悟性への信頼なのだが、之はつまり人間性に対する新しい形の信頼だったわけだ。今日ヒューマニズムが提唱されるとすれば、そして夫がルネサンス期のヒューマニズムとはおのずから異ったヒューマニズムだというなら、そして又ルネサンスの方もルネサンス期には限らず今日でも来るものだというなら、この啓蒙思想という...

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